第一章   それは、まるで子守唄のように   第三話



 『魔術師』リグルの恐ろしさ。それは、魔術師として名を馳せているが、実は体術も得意としていることだ。
 魔術師対策をしっかりしていたとしても、そこの部分を知らなければ、あっさりやられてしまう。

「しかも、力も魔術に劣らず強いんだから、まったくもって手に負えない」
「安心しろ。お前の手を負わすようなことはしない」
「今まさに負わせているではないか」
「…………」
 おばあちゃんは気絶させた賊達を『縄で』縛りながら、白髪の男の人を睨んだ。
 力が強いのは知っていたが……何重にも巻かれた縄をあっさり千切れさせるなんて、知らなかった。


「でも、おばあちゃん良かった!」
「イザミも大活躍だったな、偉いぞ」
 そう言っておばあちゃんは、私を強く抱き締めた。力加減は普通だが、さっきのアレを見た後だから、少し怖かった。

 しかし、おばあちゃんに褒められたのは嬉しいが……
「私は何もしてないよ。この人達呼んだだけだもの」
 そう言って、二人を指差す。
 すると、藍色の髪の人が言った。
「そうでもないぜ? お前、立派にガキ共守ってたじゃん。こんなちっせぇのが大の大人に啖呵切ってやんの。いやー、最近のガキはクソだと思ってたけど、根性あるのいるじゃん!」

 それに付け加えるように、白髪の男の人が言う。
「そうだな。危険を顧みずに、皆を助ける為に活躍したのだ。誇っても良いと私は思うぞ?
しかも、こんなに小さくて可愛い少女が」
「はぁ、そうですか……、って、かわ……っ?!

 一瞬、身が硬直して動けなくなった。
 藍色の髪の人も綺麗だったが、この白髪の男の人も、すこぶる整った顔をしていた。二人並んでいる姿なんか、なんだか神気すら放っているように思われる。

 僅かながらの年数を生きてきたが、そんな人に、か、可愛いといわれたことは、ない。

「あ、あうあ……」
 顔が火照っていくのがわかった。そんな私をおばあちゃんは見て、慌てて守るように更に強く抱き締め、白髪の男の人を睨み付けた。
「お前、仮にも子供がいるだろう! なに娘より小さい子を口説こうとしているのだ!!」
 ていうことは、私より大きい娘がいるということか?!

 私は改めてその人を見た。綺麗だ。そんな大きい子供がいるような年齢に見えない。
 髪は白いが、艶やかさを保っている。双眸は、なんとも珍しい赤い瞳だ。それも、爛々とした輝きを湛えている。見た目、せいぜい二十代後半くらいか三十代前半……。

 見た目と実年齢が相反する、といえば、うちのおばあちゃんもそうだ。

 おばあちゃんは、今年でちょうど五十になる。
 しかし、その見た目は、三十代半ばほどだった。魔力が高い人は見た目が若いなど、容姿に影響が出ていてるという。更におばあちゃんは、魔術で体の老化を防いでいるそうだ。
 金色の長い髪を風に遊ばせ、意志の強そうな青色の瞳は、白髪の人を射殺すごとく鋭くなっていた。

 私は、自身の姿と彼らのそれを比べてしまい、ちょっと落ち込んだ。
 短くそろえた、おばあちゃんと同じ金色の髪。そして、両親から引き継いだであろう、緑色の双眸。
 瞳の色とか、結構気に入っているのだが、いかせん、土台が平凡な少女である。

 こんな綺麗な三人に囲まれて、ちょっと居心地が悪くなった。


 白髪の人は、つまらなそうに口を尖らせて言った。

「そんな、リグル。私は単に、彼女を褒めただけだよ。だって本当に愛らしいではないか。
ああ、でも確かに、このまま攫ってお持ち帰りしたい感じも
「死に晒せこの変態!!!!」
ドカァアッ!!!!
ぶるあああああああ?!

 瞬間、おばあちゃんの鉄拳が炸裂した。先ほど宣告したとおり、肋骨付近に入っている。
 白髪の人はそのまま数メートル吹っ飛び、地面に落ちて動かなくなった。
「って、だ、大丈夫なの、あの人?!」
 明らかに、今のは本気だった気が……

 しかし、おばあちゃんどころか、藍色の髪の人もケロッとした表情だ。
「アレくらいで死んでたら、ギルドのマスターが勤まるかって」
 そう言い放つ。
「ギルドの……マスター?」
「あん?」
 私が首を傾げて言葉を反復すると、藍色の髪の人はしばらく考えてから、ああ、と言った。


「そういや自己紹介、まだだったな。
えーっと……初めまして、イザミ・ロヴァウル。俺は『よろず屋ギルド』で働いております、ロキ、という者です」
 そう言って、腰を折る。
 藍色の髪の人……ロキさんは、冗談っぽく笑いながらそう言った。

「って、私の名前……」
「あ? ああ、そりゃ、リグルと度々連絡取り合ってたからな、例の魔石で。お前のことも聞いてるぞ」
 そ、そうだったんだ。あの魔石、私は始めて見るものだったけど、よく使われていたんだ。
 おばあちゃん、なんでそういうこと教えてくれなかったんだろう。

「そうそう」
 と、ロキさんは、後ろで未だに動かないマスターさんを指差して言った。
「あれ、みんなから『マスター』って呼ばれてる。既婚者。子供二人。かたっぽ養子だけど。
まさか奴がロリコンの気があるなんて思わなかっけど……いいか、極力近寄るなよ」
「は、はぁ……」

 ロキさんが白髪の人……マスターさんを語るとき、眉間に皺が寄っていたが……そんなにいけないものなのだろうか、「ろりこん」って。知らない言葉だった。
 私は、ちらりと白髪の人……マスターさんを見た。
 うーん、危険そうには見えないんだけどなぁ。


「おーい、リグルー!!」
「!」
 向こうで、声がした。見てみると、村の人達がぞろぞろと現れた。
 どうやら、見回りを片付けた後、ロキさんは子供達を、マスターさんは大人達を助けに行ったらしい。大人達は数人ごとに細かく分けられていたが、その一個を助けた後、武器やら何やらを手渡して、他の大人達の救出を頼んだ。そして自分は、一人別のところに連れて行かれたおばあちゃんを助ける……というか、縄目姿を笑いに行ったらしい。

 そして、大人達が全員救出されたようだ。気絶させられた見張りの賊を引きずりながら、みんながこちらに向かってくる。
「さてと」
 おばあちゃんが私から体を離して、背伸びをした。

「まだまだ、終劇ではないぞ」



 拘束されていた村の人々も、みんな解放された。子供達も親達に保護され、疲れと恐怖でほとんどが眠っている。
 数人の村の人と、ロキさんと、まだ気絶しているマスターさん。そして、私とおばあちゃんは、村の中心にある広場に来ていた。そこには、まだ気絶して山積みにされている賊達がいた。

 みんなは、すぐに賊達を軍に引き渡すことはしなかった。
 一瞬、何が始まるのかと怖くなった。
 報復とか、そういうわけでは……

 しかし、私の不安を読み取ったのか、おばあちゃんは私の頭を撫でながら、微笑んだ。
「大丈夫、ちょっと聞きたいことがあるだけだ。脅しはするが乱暴はしない」
「……あまり良いことには聞こえないよ」

 それでも安心した。
 おばあちゃんも、暴行されたためか服や髪が乱れていたが、血は出ていないし、痣もないし、けろっとした顔をしている。村の他の人達もだ。十六年経っても屈強である。

「でも、じゃあなんで……」
「『銃』がこの村にあるというデタラメな情報を、どこから聞いたのか聞き出したい。それに、もしそれを手にしていた場合の使用目的も」
 おばあちゃんは、賊の頭目らしい人物を引っ張ってきて、転がした。

 言葉を続ける。
「それに……仲間の存在。
私や外の者達に掛けられた魔封じ。これは、強力な魔道具か、強力な魔術師しか行えないはずだ。
ざっと探してみたが、魔道具があるわけではない。ということは、強力な魔術師がいるということだ」
 そう言っておばあちゃんは、気絶した人の山を指して言った。
「この中に魔術師の素質があるようなやつはいない。魔封じは監禁されていた家屋自体にされてあったから、私達は顔も見ていないし……つまり、別行動をしているか、逃げたか」

 ああ、だから起こして、情報を聞き出して、探そうということか。
 屈強な戦士達を封じてしまったほどの腕前だ。銃を狙って再び襲いに来るかもしれないし、放っておけない。

 おばあちゃんは転がした頭目の顔に向かって、バケツいっぱいの水をぶっ掛けた。
 さっき後ろのほうで、村の人達が魔術で冷やしていたような気がするが……
「ぶへはぁッツ!! つ、冷たぁぁぁあ?!
 希望通り、頭目は冷たさで情けない悲鳴を上げ、悶えながら目を覚ました。
 そして、数拍して顔が青ざめていった。冷たさからではなく、周りの状況を把握できたからだろう。
 仲間は全員気絶、しかも、今度は自分が村の人達に囲まれている。

 ……最初は怖かったが……こうなると、ちょっと可笑しくも思える。

「ふ……気分はどうかな?」
 おばあちゃんがニヤリと薄気味悪い笑みを浮かべて言った。
 ビクリ、と頭目は体を痙攣させた。

 おばあちゃんは笑みを絶やさずに、言う。
「聞きたいことが僅かながらにあるんだ。いいかな?」
 返事なんてできるわけがなかった。頭目は恐怖で歯をガタガタと言わせている。

「さて、まず……銃の情報をどこから聞き出したのか、知りたいな。ないものをあると言った愚か者は誰だ? お前か?」
「…………」

 その時、私は気付いた。
 頭目はまだ震えていたが……その目に、強い意志が宿ったことを。

 まさか。

「おばあちゃん!!」
 私がそう叫ぶ前に、おばあちゃんも気付いていた。
「チッ!!」
 舌打ちしながら、頭目の腹部を殴打する。
 咳のような声を漏らして、頭目は再び気絶した。

 おばあちゃんはその頭目の顔を持ち上げ、口の中に手を突っ込んだ。
 指先で中を探り、そして、取り出した。

 それは、小さな玉だった。小指の爪ほどもない。

 おばあちゃんはそれを見て、苦々しそうに顔を歪めた。
「毒薬……」
 そう呟かれた言葉に、私は衝撃を覚えた。
 あの時の頭目の目。何かしようとしていたのはわかった。
 しかし、まさか、それが自殺だなんて……。

「ふむ、これは一筋縄では行きそうにないな」
 毒薬の玉を踏み潰しながら、おばあちゃんは言った。そして再び舌打ちし、まだ気絶している他の賊達を見やる。
「他の者も咥えている可能性があるな……いちいち吐き出させるのは面倒だ。おい、アス!!」
 おばあちゃんはそう言うと、未だに気絶しているマスターさんに呼びかけた。
「……その名で呼ぶな。今私は『マスター』と名乗っている」
 気だるそうに、しかし、機敏な動きでマスターさんは起き上がった。眉をひそめ、おばあちゃんを睨む。しかし、おばあちゃんはそれを受け止めて、笑った。
「まったく、お前といい、どっかの誰かといい……決別の仕方が単調だ」
「やかましいわ」

 マスターさんは頭目の頭を引っつかみ、持ち上げた。更に自分も屈んで、視線の高さを同じくする。頭目は目を開けたまま気絶していた。口をぽかんと開けていて、なんだか間抜けな顔だ。少し哀れでもある。

 マスターさんの瞳が、頭目の瞳を捉える。
 赤い瞳が、同じ色に淡く光った、そう思った、瞬間。
ッツ!!!!
 頭目が声にならない叫びをあげて、大きく痙攣した。マスターさんは視線が外れないように、頭を両手で固定して持った。

 そしてすぐに、痙攣は治まった。マスターさんが瞳を閉じて、立ち上がる。
「『読み取った』。こいつがそうだな……」
 と、何かを考えるように唸って、マスターさんは告げた。
 おばあちゃんはマスターさんを急かすように聞いた。
「魔術師のことはわかったか。で、『銃』のほうは?」
「残念だが、それはわからなかった。単に上司から命令されただけのようだ。しかし、こいつらがどこの者かはわかった」

 おばあちゃんは、それに頷いた。
「とりあえず今は魔術師のことを考えよう。他の情報は後で教えてくれ、アス」
「……だからマスターだというに……」
 眉をひそめてながらそう言い、マスターさんはおばあちゃんのほうを向いた。
「めんどうだ。全員私の視界が届く範囲に纏まれ」
 言われ、戦士達みんながマスターさんの前に集まった。
 私は何が始まるのかと、それをじっと見送っていた。私のいる位置も、ちょうどマスターさんの視界に入る。

 マスターさんは目を閉じて、深く息を吸い込んだ。
 そしてそれを吐くと共に、目をゆっくりと開ける。

 まだ半分だけしか開いていない眼から……赤い光が、垣間見える。

 と、思った瞬間。
 マスターさんの目の前に、いきなり知らない男が現れた。


 ブロンドの髪に、白いローブを羽織った、清潔そうな男だ。


「こいつか。若いな」
「リグル、君がそれを言うかね」

 魔術師は年を重ねるごとに力を増していく。元々の才能があったにしても、おばあちゃんの魔術を封じるほどの実力を持っているというには、確かに男は若い。というか、若過ぎる。

「……本当にこいつか?」
 おばあちゃんは訝しげにマスターさんを見た。
 顔はむっとしながらも、マスターさんは静かに返した。
「ちゃんと隅々まで読み取ったぞ。該当するのはこいつだけだ」

 おばあちゃんは再び、男に視線を戻す。
「……いや、軽んじてはいけないな。私のように封印魔術に長けているのかも知れない。皆、油断しないよう」
 おばあちゃんはみんなにそう言いった。



 村の精鋭の戦士達とおばあちゃんは、班を作って辺りの森を捜索することになった。
 それに、マスターさんとロキさんも参加しようとしたのだが……

「ロキ、お前は来るな」
「はああ?! いきなり何言っちゃってんのお前!」
 ロキさんはおばあちゃんに同行を拒否された。

「……そうだな。ロキ、お前は多分、ついて来ても大して役に立たないと思うぞ」
 と、マスターさんまで言う始末だ。
 ロキさんは不服そうに頬を膨らませた。
「二人揃って! なんだよ、何がいけねぇって言うんだよ!!」


「とにかく!」
 おばあちゃんはロキさんを指差して、言った。
「お前は残って、イザミの面倒を見ていてくれ。いいな?」
「な、ガキのお守だとー?!」

 呆然としているロキさんをよそに、捜索隊は出発した。



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