第一章   それは、まるで子守唄のように   第二話



 室内の時計は壊されて、どれくらい時間が経ったのかわからなかった。

 泣きそうになる子を励ましつつ、私は体が恐怖で震えそうになるのを必死で堪えた。
 皆は、大丈夫なのだろうか……。

 そんな時。

 部屋の扉が、大きく弾けるように開いた。
 数人の男達が、ゾロゾロと入ってくる。

「わぁっ!!」
 その中の一人が、私の腕を掴んで無理やり引き寄せようとした。

 私は逆に腕を引いて抵抗しようとしたが、大人相手には無意味の行為だった。
「痛っ……なんなんですか?!」
 男は私を射殺すように睨んでから、後ろにいる仲間達に言った。
「だめだ、あのババア。殴ろうが蹴ろうがちっとも吐きはしねぇ。やっぱりガキ目の前でいたぶられないとわからねぇんじゃねぇ?」

 その言葉に、私は震えた。
 やっぱりおばあちゃんは、そういう扱いをされていたんだ。おばあちゃんは今年で五十である。そろそろ、体が丈夫だとは言いがたい年齢に近づいている。
 ちゃんと生きているのだろうか、それよりも、他の人も同じような扱いを受けていないだろうか……。

 すると、もう一人の男が慌てて言った。
「馬鹿か?! ガキには手を出さないのが条件だったろ?!」
「バレなきゃいいだろうがよ!」
「バカ! リスクでかすぎだっての! バレたら皆殺しもいいとこだぞ?!」
「つっせーな、このビビリがよ!!」

「きゃあ!!」
 腕を更に強くつかまれ、私は持ち上げられるように引っ張られた。いや、実際少し持ち上がった。自分の体重の分が、肩に負担を与える。
 そしてそのまま、外に連れ出されそうになる。

 このまま、おばあちゃんの目の前につれてかれて、酷い目にあわされる?
 私は恐怖した。自分がこれからどうなるかを考えたからだけじゃない。

 これによって、おばあちゃんやみんなに迷惑が掛かる。

 私のせいで、みんなが……。

「イ、イザミおねえちゃんを放せー!!」
「っ?!」
 子供の一人が、私を掴んでいた男に飛びかかった。
 小さい拳を振り上げて、べしべしと殴る。
 しかし、もちろんそんなものが効く筈もなく。

「うぜぇよ!!」
「あうっ!!」
 あっさり足蹴にされ、小さい体はそのまま吹き飛んだ。吹き飛ばされた子供に、他の子達が寄っていって安否を確かめる。
 死角で、私からじゃ確認できない。

「ったくよ、もうこの際、全員痛めつけておこうか?」
 男が言う。それに、子供達は大きく震えた。既に目には涙がたまり、零れ落ちる。
 私を掴んだまま、男は歩みを進めようとするが……

 そんなこと、絶対にさせない!!

「やめて!!!!」

 男の歩みが、止まった。私は宙吊りになりながら、精一杯叫んだ。
「貴方達に子供がいるなら、同じくらいの年齢でしょ?! そんな子に手を出すの?!
私だったら黙ってついてく!! それから殴るなり蹴るなりすればいいよ!! だから、その子達には手を出さないで!」

 自分が出せる声と、威勢と、度胸を、振り絞った。
 一瞬、みんなが動きをやめて私を見るのがわかった。


 そして。
「へぇ、ガキのクセにカッコイイじゃねぇの」


 とても、面白そうな声で。


 瞬間、もう一人の男が吹き飛んだ。
 そしてそのまま、食器棚にぶつかった。ガラスで出来た扉が割れ、男と共に床に落ちる。追い討ちをかけるように、衝撃で落ちてきた食器も降り注いだ。男は完全に昏倒しているようだった。

「な、誰……」
 誰だ、というとしたのだろう、私を掴んでいた男は
フレイム!!」
「?! だあっつ!!」
 炎にまかれそうになり、咄嗟に私を放して、そこから飛び退いた。
「きゃ!」
 私はそのまま、床に落ちた。膝をぶつけて、そのままうずくまる。
 すると。

「よし、ガキ。そのまま伏せてろ」
「え?」
 顔を上げて、私は慌てて姿勢を元に戻した。

ルヴァイン!!」
 途端、頭上で風が起き、髪が乱れた。そして、男が悲鳴をあげて、そのまま壁が勢い良く破壊された音が続いた。
 魔術による魔力の塊が、私の頭上を通り過ぎたのだ。


 子供達が唖然として、ぼうっと地べたに座っていた。私も、それに近い。
 しかし、私は魔術を放った主を確認しようと、恐る恐る顔を上げた。

 その人は、私のすぐそばにいた。手を伸ばせば、届くところに。


 ぼさぼさで肩より少し長い藍色の髪に、同じ色の瞳。ダボダボの真っ黒なローブを纏った、その男の人は……

 女性かと間違えるほど、整って綺麗な容姿をしていた。

 顔だけ見たら、絶対間違える。しかし、背は高いし、声は低いし。
 何より。

「おらガキ共! このロキ様が助けに来たぞ! いつまでもアホ面して座ってないで外出ろ外ぉ!」
 口が、悪かった。

 ……助けてもらったのはありがたいが……心のそこから喜べないのはそのせいだろうか。


 私はふと、思い出した。
「あ、あなた、魔石に最初に出た人?!」
 私が魔石で助けを求めた時、悪戯と勘違いした人だ。いきなりガキ呼ばわりされたので、声がしっかり記憶に残っている。

 私に言われ、その人も思い出したように声をあげた。
「おお、そういうお前はあん時のガキか」
「ま、またガキって!!」

 決めた。この人にだけは絶対感謝しない。


 とにかく私は荒ぶる心を抑えた。この人が来たということは……
「助けに来てくれたの?! でも……」
 私が賊に捕まった時の会話が聞こえていれば、どんな状況になったかわかっただろう。
 不意打ちは、もう意味を成さなくなったってことを。

 しかし、その人はニヤリと笑って、言った。
「リグルが助けを請うような奴だぞ? 不意打ちが無理だろうとなんだろうと、大して変わらない」
 確かに、こんな大柄な男二人を一気に伸しちゃったような人だが……

「まぁ、百聞は一見に如かずってな! とにかく外見てみろって、すごいことになるぜ?」
「え……わぁ!!」
 そう言うと、その人は無理矢理、私を突き飛ばすように外へ出した。


 光が一切入ってこなかった室内にいた私は、光に耐え切れず目を瞑った。まだ日は高かった。
 私は突き飛ばした男の人に向かって、なるべく小さな声で訴えた。
「あ、あぶないですよ! それに、外の賊達に見つかったら……」
 まだこの村には、たくさん賊達がいる。村の中を見回っている者もいるはすだ。なのに、安易に出たりしたら……。
 しかし、男の人は再びニヤリと笑う。
「大丈夫だって……ほら」

 指差した先には、山があった。家一軒より小さい、山。
 いや、違う。山というか、それは……

「本命以外は、全部気絶させたから」
 気絶させられて詰まれた、人の山だった。

「こ、これ全部、貴方が?!」
 ざっと三十人はいるが。
「いや、半分は俺。半分は親父」
 そう言いながら男の人は、さっき伸した二人も、その山に加えた。

 中にいた子供達も、外に出てそれを見た。そして、男の人の話を聞いて感嘆の声をあげる。それに男の人は、胸を張って嬉しそうにしていた。

「親父って……魔石に出たもう一人の?」
「ん、そうだ。今頃、リグルの縄目姿に腹抱えて笑ってんじゃねーの?」
「え?!」
 な、なんて酷い!!
「ちょっと、貴方……」

 と、抗議の声をあげようとした時だった。


 近くの家屋が、地響きを伴うような爆発と共に、吹っ飛んだ。
 大量の土煙が、私達を襲う。

ぶっ……ははははははは!!!!
 そして、豪快な笑い声が響いた。

「あー!! あのリグルが縄で縛られていたなんて!! すごい! なぁ、これミラルドに話していいか? 話していいか?!」
「うるっさい!! お前は!!!!」

「この声……おばあちゃんだ!!」
 笑っている人のほうは……もしかして、魔石に出てくれた人その二……?
「な、笑ってるだろ」
 といいながら、この人も笑いを堪えている。

 私は愕然としながらも、がんばって腹に力を入れて叫んだ。
「ひ、酷いです二人とも!! おばあちゃんは人質取られた上に、縛られて身動き取れないのに! しかも多分、魔術使えないようにされて、火で焼ききることもできなくて、それでそれで……」
「あ? 別に大したことないじゃん」
「はぁ?!」
 この人、何言ってるの?!

 私はじっとその人を見つめた。驚いて、睨むという動作まで移らなかった。

「人質取られた以外は、リグルにとっちゃまったく意味ないってことだよ。
人質さえどうにかなれば、あとはリグルの手のひらの中だ」

 この人の言っている意味が、わからなかった。

 それを視線で感じ取ったのか、更に男の人は付け加えた。
「リグルを拘束したきゃな……縄なんて役立たずだ」
「え?」


 土煙が晴れる。
「あ……」

 そこには、縄で上半身をしっかり縛られたおばあちゃんが、嫌そうな顔で突っ立っていて。
 その後ろで、腹を抱えて地面で四つん這いになりながら笑っている、白髪の男の人がいて。
 彼らの前には、蒼白している賊数人がいて。

 白髪の男の人が、息絶え絶えに言う。
「『あの』リグルを縄で……お前の名声も落ちたものだな! リグル!」
「やかましい!! あとで肋骨全て折ってやるからありがたく受け取れ私の拳!!」

 そういいながら、おばあちゃんは息を思いっきり吸った。
 そして、それを止めて……
「ん!」
 力をこめたかと思うと。

 ブチブチブチッツ!!

 ……という音をたてて、縄が千切れた。


 藍色の髪の男の人が、ついに噴き出して言った。
「鎖でがんじがらめにしても、足りないくらいだぜ?」


「お前等二人そろって!! これでも私はさっきまで殴られていた可哀想な五十歳だぞ?! ちょっとは労われ!!」
 そう言いながらおばあちゃんは、拳を握って構えた。
 その視線の先には、残っていた賊三人ほどが、腰をぬかして怯えていた。

「ば、ばかな……魔封じはちゃんと行ったのに……」
 そう嘆く一人に、おばあちゃんは冷たく言い放った。
「ふん、魔術が使えなくとも、縄くらい力だけでどうにでもなるわ」
「多分、それお前だけだと思うよ」
 やっと笑い終えた白髪の人が、今度は苦笑しながら言った。
「あれだけがんじがらめにされていた上に、ボコボコにされていたのにねぇ」

「と・に・か・くッツ!!」
 おばあちゃんは声を必要以上に荒げ、ビシッと賊達を指差した。
「私の様々な醜態を晒させた罪……いまここで償わしてやる。
『魔術師』リグルの恐ろしさ、骨身に染みさせてな……!!」

 敵ながら同情してしまうような、悲痛で情けない悲鳴が木霊した。



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