「はっ、はっ、は……」
煌びやかな木漏れ日達が、どんどん後ろに流されていく。
自分の体が火照っていく代わりに、頬をなでる風が心地よくなっていく。
普段歩きなれている山道を、私は全速力で走っていた。
「きゃあ!!」
木の根に躓き、私は盛大に転んだ。両手に荷物を抱えていたので受身が出来ず、顔から行ってしまう。一瞬、意識が白くなった。
「いててて……」
鼻を押さえながら、ゆっくりと起き上がった。鼻血は……出ていないようだ。しかし、まだ涙で視界が歪んでしまっていた。
私は、こんなことになった原因である荷物……魔石を見た。
恨みがましく見てやるが、魔石は所詮魔石、意思はない。石だけど。
赤ちゃんの頭ほどの大きさがあって、濃い青をしている。覗くと向こうの景色が見える。一見ただのガラス玉に見えてしまう。
そもそも、なんで私がこの魔石を持って山道を疾走しているのかというと……
簡潔に言えば、村が襲われたから、助けを求める為に。
長く言えば……その話は十六年前にまでさかのぼってしまう。
昔、国民達は、王族が敷いてきた悪政に苦しめられていた。
しかし、十六年前、国民達はとうとう反旗を翻した。
王族やその勢力を一網打尽にし、王制から議会制に変えた、革命。
その革命派の戦士達を率いたのは、私のおばあちゃん、リグル・ロヴァウルだった。
十六年経った今でも、英雄として名声が衰えない。
革命後、政治のほうは仲間の頭脳派達に任せて、おばあちゃんは戦士達を引き連れ、前線を退き、今住んでいる村を作った。
血塗られた自分達は、美しき故郷には帰れない……そんな思いで。
最初言われたときは、意味が良くわからなかったが……考えれば、すぐに理解できた。
革命時の戦士というだけで、妙な因縁をつけて襲ってきたり、倒して自身の名をあげようとしたりする者が、後を絶たないのだ。分別がある人はいいのだが、偶に所かまわず魔術を放ちながら襲ってくる人もいる。それを鎮圧したあとには、一面台風が通ったよう……なんてこともあった。
力は力を呼ぶ。周りに迷惑が掛かるから、自分達はこの村に隠れ住む。
今回も、誰かへの挑戦者かと思われた。
しかし、違っていた。
奴等は、村の子供を人質に取って、こう要求してきた。
『銃を渡せ』と。
しかし、この村は戦士の村だが、銃なんて代物は一切ない。
銃は製造が難しいし、管理も面倒な為、誰も使っていないのだ。
人質を取られているのだ。隠して持っていたらすぐ差し出すだろうし、それに、村中をみんなで探した。
だけど、やはりそんな物は出てこない。
何かの勘違いではないか、とおばあちゃんが奴等――便宜上、賊とでも言っておこう――と話をつけようとしたが、そんなはずない、と荒々しい口調で突っぱねられてしまった。
銃はない。なのに、賊達は無いものを出せという。こちらの話は信じてくれない。
しかも相手は武装をしていて、かなりイラついてきている。
私は服についた土を払って、再び走り出した。
だから状況を打破するために、私は走っているのだ。
この魔石は対のものがもう一つあり、お互いに周囲の音を交換しあう。遠くの人に連絡をつけるのに便利な品なのだ。
その対は、おばあちゃんの昔からの友人が持っているという。
おばあちゃん曰く、その人に連絡を取れば、あっという間に賊達を片付けられるらしい。だからおばあちゃんは私を、こっそり逃げ出させてくれたのだ。
森が開けた。
岩肌が目立つ、小高い丘に到着する。
丘にちょこんと置いてある、私の身長大ほどの岩に手をついて、私は息を整えた。
この岩は綺麗な丸になっており、村では、森に来た時迷わないよう、目印にされていた。
数秒して、息が整った。そして、私は魔石を頭より高く掲げた。太陽の光が、魔石に反射されて光る。
そして。
「でええい!!」
ゴスゥッ!!
魔石を、思いっきり地面に叩きつけた。
硬い地面にぶつけられた魔石は、割れることなく、そのままコロコロと地を転がっていく。
……あれ?
おばあちゃんは確か、魔石に衝撃を加えれば反応がでて、通信が出来ると聞いたのだが……
私は屈んで、透き通る青を覗いた。
途端、中心から白い靄のようなものが噴きだした。
「ひゃあ?!」
驚いて、後ろに転ぶ。
白い靄は、魔石の中に留まり、青を白に変えていく。
そして。
『リグル! 超久しぶり! 俺だぞロキだぞ! やっと仕事から帰ってこれたんだー』
と、喜々とした男の人の声が、魔石から発せられた。
……どうやら、通信には成功したらしい。
「えーと……こんにちは」
何から言ったらいいのかわからず、とりあえず私は挨拶をしてみた。
『……あ? お前誰だ? ……声からしてガキか』
「ッツ?!?!」
が、ガキって……顔も見えない見ず知らずの人に、なんて失礼な!
魔石の声は、淡々と言葉を紡いだ。
『喜んで損した……おい、ガキ。どうやってこれを手に入れたか知らんがな、もしリグルからパクったとかなら早く返したほうが身のためだぞ。老若男女問わず鉄拳制裁だからな。一発で百メートルは飛ぶぞ。
それにな、魔石で遊ぶな。これはオモチャじゃないんだぞ。古代より発掘された、太古の人々による最高級の芸術科学だぞ? そう易々と手に入るものじゃねぇんだからな。
……ふぅ、じゃあ、もうこれ以上これで遊ぶなよ。切るぞ』
「え? あ、ちょっと、ちょっと!」
いきなりずらずらと言葉を並べられて呆けていたら、しかも一方的に切るなんて言われた。
唐突過ぎて反応がやや遅れたが、そんなことされたら困る!
「待ってください! 私、おばあちゃんに連絡するように頼まれたんです!」
『おばあちゃん……ってリグルのことか?』
「そうですそうです!」
どうやら、切ることは止まってくれたみたいだ。
少し、安心した。しかし、まだ事が解決したわけじゃない。
私は魔石を抱えて、それに向かって話しかけた。
「実は……」
『こんの大馬鹿者―――――――――!!!!』
『ぎゃああああああ?!』
「きゃああああああ?!」
魔石から、爆発音と悲鳴が響いた。顔を近づけていた私は、その轟音を近くで聞いてしまい、耳が一瞬聞こえなくなったような感覚に陥った。
魔石が音の振動で小さく震えている。
血の気が引いた。今の音……村のほうまでは届いていないだろうか。結構離れた場所だが、今の爆発音もかなりの大きさだった。
耳がちゃんと聞こえるようになったころ、再び男の人の声がした。
しかし、最初の時とは違う人だった。
『まったく、戸棚の中を勝手に触ってはいけないと言ってあるだろう! 危険なものも入っているのだぞ?!
しかもなんだ、リグルから通信まで来てるではないか! そういうことは早く知らせろ馬鹿者!』
『てめ……不意打ちは卑怯だぞ!! 蘇生したら地獄めぐりさせてやる!!』
『……で、何か用かね、リグル』
『無視すんなー!!』
『…………』
再び魔石が震える。二度目の爆発音が、私を貫いた。
「うぅ……耳が痛い……」
一回目のダメージも残っているのに……。
『おや? 君はリグルではないのか?
……まさか、リグルに何かあったのかね?!』
今度は心底安心した。今度の人は、理解がある人のようだ。
私は深呼吸をし、一気に事の次第を話した。色々あったせいで、無駄に時間を消費してしまっている。
話し終わると、その人は言った。
『ふふ、あいつが私に助けを求めるとは珍しい。わかった、助太刀といこうか。ロキ、お前も来いよ』
『当ったり前だっての!』
少しあっさりと言われて、一瞬何を言われたかよくわからなかったが……
内容がわかってきたと同時に、私の中から何かこみ上げるような感触を覚えた。
「ありがとうございます!!」
見えないとわかっているのに、思わず魔石に向かって一礼してしまった。
『じゃあ、君は安全な場所に隠れていなさい。解決したら、こちらから連絡する』
「はい、わか」
わかりました。
そう、答えようとしたときだった。
「よし、見つけたぜお嬢さん?」
「!!!!」
たくましい二の腕に両脇を抱えられ、私は持ち上げられた。
背に、厚い胸板の感触。
そして、持ち上げられた私を囲むように、二人の男が現れた。
「これが例のイザミってガキか?」
上から下を眺め、男の一人が言った。
「ガキ共が言ってた感じとは、ちっと違うな。もっと年上かと思ってたぜ」
「ガキ……?」
「そうそう、村のガキ共だよ。泣くわ喚くわでうるせぇのなんのって。そん中の一人が、お前のことを口走ったんだよ。いないと思ったら、しかも英雄の孫だって言うじゃねぇか。おばあちゃんに言われて、ここに来たんだろ?」
駄目だ。完全にばれている。
私は助けを呼んだ現場を、見られてしまった。
人質をとられている中で、不意打ちなら何とかできると思ってたのに……これじゃ警戒を強化されて、それも出来なくなる。
体が、すぅっと冷たくなる感触がした。
硬くなっていく私の表情を見て、一人が下品に笑った。
「安心しろって。お前には何もしねぇよ、ただのガキだし。それに、村のガキ共の世話もしてほしいしな。
……お仕置きは、お前のおばあちゃんにしてもらうつもりだよ?」
「?!」
私が息を飲んで、青くなった様子を見て、男達は更に笑った。
恐怖が、私を支配していった。