■  嵐来て地固まる 【1】


 生まれて初めて、こんなに怒ったよ。
 でも、理由なんて本当にくだらないことだったんだ。まさかこんなことで、ここまで討論になるとは思わなかったんだ。
 そんでもって、彼がここまでしゃべるとも思っても見なかったんだ。



「いいか勇夜。卵はビタミンCと繊維以外の栄養素をバランスよく併せ持っている。そのため完全栄養食材と言っても過言じゃないんだ。しかもカラザ(白いひもみたいなの)には抗がん成分まで入っている。更に肝機能を回復させる為に必要なアミノ酸が非常にバランス良く含まれている。
確かに卵にはコレステロールが多く含まれているから食べすぎは好くないと言うが、卵黄と卵白にそれぞれ、コレステロールを下げる働きをする成分が含まれているんだ。卵を食べたからといって、コレステロール値が上がる訳ではない。
だからほんの十八個くらい食べたっていいじゃないか!」

「いやいやいやいくらなんでも食べすぎだから! 卵に執着しすぎだから! てか終君おかしいよ!
朝・納豆に生卵昼・弁当二個持参片方は玉子焼きがびっしり三時のおやつ・プリンにミルクセーキ夜・親子丼、というか子供丼?! 圧倒的に子供が親を勝ってるよね、ていうか鶏肉どこ?! むしろご飯どこ?!
さすがにこれを毎日ではないけど一日おきにやられたらどんなに好きでも飽きるでしょ、フツー飽きるでしょ!!」

「お前は卵の素晴らしさをわかっていないんだ。俺があの蔑まされた十五年間を生き抜いてきたのも、なんか年齢に反して異常に体が成長してるのも、すべては卵の恩恵なんだ!」
「別に卵食べなくたって、ぼくはぼくで生き残ってきたけど……」
「?! いくらお前でも卵を馬鹿にするのなら容赦はしないぞ!」
「うわわわ何構えてんの!! ああもう! もし君に、ぼくが卵を馬鹿にしているように見えるのなら、それは君のせいだよ! 君の卵好きに巻き込まれて、ぼくだってまさか卵で地獄見るとは思わなかったんだ! そりゃー残すよ! 地獄見たくないから残すよッツ!!」
「……そんなんだから背が低い上に女顔なんだ……」
?!?! い、言ってはいけないことを?! 君は言ってはいけないことを言ってしまったよ?!
背が低いはまだ希望があるからいいものの、女顔は許されないよ!! ていうか女顔じゃない! せめて中性的って言ってよ!!
もういいよ! 馬鹿! 終君のバカ! バ―――――カ!! ウドの大木!
君なんか、卵をとられて泣き寝入りしているニワトリさん達の怨念で苦しみながら死ねばいいんだああああああ!!!!」
「ちょ、勇夜! それは何気にむごい……おい!!!!」



 勢いで出てきたはいいが、ぼくは行く宛てもなくふらふらとしていた。
 今いるのは、学園寮の後ろにそびえる山である。獣道と言っても過言じゃない道を進んでいき、恨みがましくブツブツと独り言を言っていた。当然のごとく、内容はあの卵魔人の不満である。
「もう、あっちから謝ってくるまで帰るかぁ――――!!!!」
 どうしようもないイライラを発散させようと、ぼくは木々の隙間から見える寮に向かって叫んだ。もうだいぶ下のほうに見えるから、声が届くことはないのに。
 やっぱり、叫んでも不快な感情は消えなかった。
 いつの間にか、獣すら歩いていないようなところを歩いていた。ぼくの身長並みに、雑草が生い茂っている。
 さすがにこれ以上行ったらちょっとやばいかなと思い、ぼくは引き返そうと来た道を歩みだした。
 しかし。
「うわ?!」
 そこに、地面はなかった。体がぐらつき、雑草から抜け出して視界が開けた。下を見ると、急な斜面。
どわあああぁぁぁぁぁああ?!
 急な浮遊感で体が硬直し、何も出来ないまま、ぼくは重力にしたがって斜面を転がっていった。

 視界がやっと一点で止まってくれたのは、それからしばらくしてからだった。
 何度も回転し続け、硬い地面をのた打ち回ったぼくは、吐き気と体の痛みで、服が汚れるのをかまわずに寝転がってしばらく天を仰いでいた。
 その状態で首を動かし辺りを見ると、ここがどこだかわかってきた。
 辺りは急な斜面に囲まれ、ぼくの身長の五倍ほど、地面がくぼんだところの中だった。この中を一周するには一分はかかりそうな、巨大なクレーターといってもいい。もしくは、ものすごくでっかい落とし穴か。
 斜面の傾斜はほとんど九十度に近くて、普通の人だったらちょっとあきらめそうになるかもしれない。ぼくも、こんな穴に入ってしまったら、もう出れないと半分あきらめるだろう。しかし、今のぼくは違う。今のぼくには霊術がある。足の筋力を上げる術を使えば、ぴょーんと簡単に脱出できる。
 しかし、なんだかその気はなかった。寮には戻れないし行くところもないので、しばらくここにいようとぼくは思った。
「にしても、今日はついてないなー……むぅ、これも全部卵星人のせいだ!!」
「卵星人? なにそれ?」
「ぼくと同室の巨木だよ巨木! 卵に取り憑かれた哀れな男だよ……って?!」
 いつの間にか、男の子が、寝そべるぼくを覘きこんでいた。


**********


 尋常じゃない速さで……おそらく、霊術を使ったのだろう……寮を去った勇夜を、俺は何もしないで見送った。
 まったく、卵をずさんに扱って……。謝るまで寮に入れてやらん。
 治まらない不快感を解消させようと、リビングをうろうろと歩き回っていた時だった。
「ワン!!」
「?!」
 背後から犬に飛びつかれ、それが急なことだったのでその勢いで転んでしまった。
 一体どこから入ってきたのか……野良犬だろうか、その犬は嬉しそうに俺の背中で飛び回っていた。後ろの右足が悪いのか、それを折り曲げて、器用にも三本足で立っている。

 俺の視線に気付いた犬は背中を飛び降りて、尻尾をぶんぶん振りながら一回吠えた。なんだろう、かまってほしいのだろうか。
 気がまぎれるのならそれも良いかと、犬を撫でようと手を伸ばした。
 しかし、その犬はその手を受け入れず、服の袖をくわえて俺を引きずり出した。
「ま、待……」
 四の五の言わせず、犬は寮の外まで俺を引っ張り出した。足も悪いのに、ものすごい力だ……。
 犬はようやく袖を解放してくれて、今度はとてとてと歩き出した。数歩歩いたと思ったらこちらを振り向き、ついて来いよと言わんばかりに吠える。
 このままではまた袖をくわえて走り出しそうなので、何も言わずに従うことにした。

 犬について行った先は、寮の敷地のはずれにある、手入れのされていない草むらだった。
 犬は草むらの中で吠え、地面を見た。そうしたと思えば、犬の姿が消えた。
 ぎょっとしてその場に走っていくと、そこには穴があった。草むらでよく見えなかったが、俺の身長より少し上くらいの深さだった。犬はこの穴の中の真ん中辺りにいた。
 下りてみると、地面がぬかるんでいるのがわかった。それに、土のほとんどが粘土っぽい。そういえば、この辺りに池があったが、数十年前に枯れてしまったと聞いたことがあるような……。
 犬は俺に再び吠えた後、池の真ん中の地面を、ここ掘れわんわんと言わんばかりに前足で掘り始めた。しかし、粘土質な地面のおかげで、なかなか掘り進まない。
「ちょっと待っていろ」
 俺はそう言うと、一旦池から出て一走りし、物置からスコップをもってきた。そして、犬が掘っているところにスコップを刺し込んで土をえぐりあげる。
 裏の畑でポチが鳴く、正直爺さん掘ったれば……なんて小さい頃聞いた歌を思い出した。ここから大判小判がざくざく出てくるとは到底思えないが。
「……?!」
 しかし、出てきたのは大判小判よりも衝撃があるものだった。


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