「ちょっと待ちなさい、イザミちゃん!!」
後ろからブエルさんが追いかけてくる。
しかし、私はそれを無視して、『カミ』のいる広場へと向かった。
広場に駆け込むと、マスターさんが倒れていた。
それを見て、背筋が凍る。
この銃が『カミ』が荒ぶる原因なら、言ってしまえば、私が原因でもあるのではないか。
だって私はこの銃の引き金をひいて、緑色の光を放った。例え故意ではなくとも。
「『カミ』!!」
私は声を張った。次の攻撃に備えていたロキさんが、その声によって私に気付く。
ロキさんが何か怒鳴ったが、私はかまわず叫んだ。
「あなたが求める『緑』は、これでしょう?! 渡しますから、これ以上暴れるのはよしてください!!」
ポシェットから銃を――今度は私の意思で――取り出し、『カミ』に見せつけるように掲げる。
『カミ』の金色の瞳が、私と銃を捉えた。
瞬間、私は横に吹っ飛んだ。
状況を判断する前に、視界の端に藍色が入った。
ロキさんが、私を抱えて跳んでいた。
そして、さっきまで私がいた場所には――『カミ』の顔があった。
牙をむき出しにして、まるで、何かに噛みついたように。
――気を失いそうになった。
『カミ』は、私を噛み砕こうとしたのだ。
ロキさんが地面を滑りながら着地した。次に何があっても、すぐに動けるように視線は『カミ』に固定している。
しかし、この『カミ』の行動で、確信した。
「ロキさん、あの『カミ』が恐がっているのって、この銃なんですよ!」
「んなこたぁわかってんだよ!! 何で出てきたんだ、この馬鹿!!」
「え?」
――わかってる? 銃が原因だって、わかっていたっていうのか?!
「な、なんで教えて――きゃあ!」
次の攻撃が来た。また噛みつきだ。
ロキさんは上に跳んだ。瞬間、下の方で、歯と歯が勢いよくぶつかる音がした。
ロキさんは『カミ』を踏んでさらに跳び、『カミ』の後ろに着地した。
「教えて何になるっていうんだ! 銃はお前にくっついてんだぞ! お前ごと差し出せってか、馬鹿か!」
「う……」
確かにうかつな行動だ。銃は私に付いている。外れない。それが原因だからって、どうすればいいのだろう。
わからない。でも、でも、自分が原因だとわかっているのに、何もできないなんて、そんなの我慢できない。
マスターさんが吹っ飛ばされた光景が脳裏によぎった。
私のせいで、誰かが傷つく。そんなのは、我慢できない。
それくらいならいっそ、自分が傷ついた方が、何倍マシだ。
頬に、涙が流れた。
「こら、『君達』。――何を、しているのかね」
と。
空気が、震えた。
『カミ』の咆哮ではない。
揺れは、まるで地震の前に来る揺れのように、静かに、しかしどんどん強くなっていった。
その、震源地は。
「レディを泣かせるとは……男の片隅にもおけないな」
巨大な体の持ち主に吹き飛ばされたはずなのに、何もなかったようにゆっくりと起き上がる。
私もロキさんも、そして『カミ』すらも、動けなかった。
竦んでしまったのだ。震源地が放つ、その怒気に。
マスターさんが、笑った。
しかし、その目は、彼の怒りを象徴するように、赤く光を放っていた。
「そこに、直り給え。若人よ」
笑っているはずなのに、ロキさんも『カミ』も。
素直に、その場に正座した。
***
「イザミ君、君が気に病むことはないのだよ。『カミ』が荒ぶった原因は、君でも銃でもない」
地鳴りが治まって、マスターさんはにこやかに言った。
……もう怒気は感じないが、正直、まだ恐い。
「もうひやひやしたよ〜! 寿命が三年は縮んだ!」
「ご、ごめんなさい……」
そう怒るブエルさんに、私は謝罪した。
「まったく……それにしてもマスター、ちょっとは力の使い方考えてよ! 『この子』恐がっちゃってるじゃないか」
ブエルさんが示す『この子』――『少年』に、私は目をやった。
『少年』も、まだマスターさんを怖がっているのか、硬い表情で椅子に座っていた。
この『少年』こそ、さきほどの『カミ』――スコール君の、人間体だった。
私達は、宿に戻ってきていた。
いきなり大きな魔物が出たってことで、村は騒ぎになりかけたが、その前にマスターさんが収めてくれたので、騒動にはならなかった。
とりあえず、事情をお互いに話すために、客室に入った、というところだ。
「さて、スコール君。君が何故怯えていたのか、話をしてくれ」
今は確実にマスターさんに怯えているのだが……マスターさんは『カミ』の中でも、凄く強い『カミ』なのかな。
スコール君は怯えた表情のまま、口を開いた。
「昨日の、緑の光。見た。それからしばらくして、男が、来た」
「男?」
マスターさんの顔に、険しさが宿った。
スコール君は続ける。
「男、緑の魔石、持ってた。緑の魔力が宿った、魔石。それで、僕に、言った」
たどたどしく、煩わしい口調だったが、誰もが黙って彼の話を聞いていた。
「『【印】の痛みを思い出せ。恐怖し、称えよ。お前達【召喚獣】を統べる者の名を』」
スコール君は、唾を飲み込んで、言った。
「『お前達の王の名を。――【緑光の姫君】の名を』」
沈黙が流れた。
訳が分からなかった。しかし、みんなの顔を見るに、みんなはスコール君の言葉の意味を理解しているようだった。
しかし、ひっかかることはある。
「召喚獣」「王」。
これは、嘗ての王族のことを言っているのだろうか。
嘗て悪政を敷いていた王族。王族は、それ自体が強い魔術師でもあった。詳しくは知らないが、『カミ』の力を借りる「召喚術」に長けている一族だったらしい。
でも、王族はすべて、十六年前におばあちゃん達が倒したはずだ。
それが今さら何なのだろう。
あと、もうひとつ気になる単語があった。「緑光の姫君」だ。
どこかで聞いたことのある単語だった。どこだろうか。
「もしかして、スコール君。その男って、こいつではないか?」
沈黙を破って、マスターさんが言った。
マスターさんの赤い目が、光る。
同時に、その場に、男の姿が現れた。
ブロンドの髪に、白いローブを羽織った、清潔そうな男。
私の村を襲って、私に銃を付けた、あの魔術師だった。
スコール君は、驚いたような表情で、魔術師の姿を見た。
「こいつ、こいつ! こいつが僕のところ、来た! 緑の光、放ってった!」
スコール君はこれに興奮し、捲し立てるように話した。
「僕、『緑の一族』に、『印』つけられてる! だから光を受けて、苦しくて、恐くて……」
「なるほど、それで魔力が不安定になったのか」
スコール君に対して、ロキさんが冷静にそう続けた。スコール君は、ロキさんの言葉にしきりに頷いた。
と、マスターさんが私に向き合った。
「わかったかい? 原因は銃でも、勿論君でもなくて、あの魔術師なんだ」
「そうなんですか……でも、私のこと、攻撃しましたよね。あれは……」
「それはその、その銃が、同じ緑の光を放ったから。男の仲間かと、思った。ごめんなさい」
私の疑問に、スコール君が謝罪付きで答えた。
私の疑問は更に続く。
魔術師が持っていた魔石と、この銃の放つ光が同じものだという。これは、一体どういうことだろう。
あの魔術師は、王族の事を語っていた。ということは、王族の関係者なのだろうか。
……その魔術師と関係のある、この銃は、もしかしたら……。
王族と、関係があるのか?
そう思って、背筋が凍った。
……私の村は、ほとんどが十六年前の革命軍の人達で構成されている。だけど、革命時の話は、あまり聞いたことがなかった。
私が生まれる前の話だし、おばあちゃんが活躍した出来事だったから、その時の話をしてくれるようにねだった時があった。
だけど、おばあちゃんも村の人も、あまり良い顔をしなかった。
悪政をしていた王族。民衆は誰もが辛い思いをしていた。そんな時のことを、思い出したくもなかったのだろう。
そんな、憎むべき王族と、関係のある銃が、私と繋がっているなんて――考えたくない。
それなのに、私の思考はそればかりを展開してしまう。
ブエルさんが肩を叩くまで、周りが何を言っているのかすら、わからないでいた。
***
その後、マスターさんとスコール君が、長老さんの所に向かった。諸々の事情を話すためだ。
スコール君もこれで落ち着いてくれるといいが。
話が終わったら、あとは村の問題だ。私達は、首都へ向けて出発しなくてはならない。
しかし、スコール君の一件で、結構な時間を食ってしまい、もう夜になってしまった。
夜に外に出るのは危険だ。魔物もそうだが、野盗だって襲ってくる可能性がある。
だから私達は、宿にそのまま泊まることになった。エナとリンちゃんを助けてくれた、わずかながらのお礼だと言って、宿代はタダにしてくれた。
エナ……初めてできた、年の近い友達だ。また話をしたかったが、今日泊まる代わりに、明日は早く出る。話はできないだろう。
その思いが、より一層、私の思考を悪い方向へと導いた。
この銃……魔術師……王族……。
結局深く眠ることもできず、気分は最悪だった。
眠気眼をこすりながら、私は荷物を持って外に出た。まだ朝靄が立ち込めている。
荷物を馬車に乗せ、いざ出発、と言う時。
宿屋の一家全員が、見送りに出てきてくれた。
「いや、お世話になりました! あんた達はこの村の英雄同然だ! また来てくだせぇ。大歓迎しますぜ!」
おじさんが晴れ晴れとした笑みで言った。
うとうとしているリンちゃんを抱きながら、エナが私に向かった。魔物の襲撃のショックから、もう立ち直っているようで安心した。
「お父さんの言うとおり。また来てね。首都の話、たくさん聞かせて!」
それは、また会おうという、約束の言葉。
それに、何故か泣きたくなった。
しかし、これから出発だ。心配をかけないように、私は笑った。
「――うん! わかった。また、来るよ!」
馬車の窓から身を乗り出して、手を振る。向こうも振り返してくれた。
銃。魔術師。王族。
そんな暗い思考で重くなっていた心が、とても、軽くなった気がした。