天方歳くん。
 ぼくと同じ年齢なのに、かっこよくて背も高くて、何より戦士な馬シッポ君だ。
 実際、歳君は結構モテる。帰ろうとして下駄箱を開けると、どうやって入っていたんだろうというくらいの手紙があふれ出てくる。その手紙の雪崩から歳君を助けるのが、もう日課になってしまったくらいだ。

 しかし、こんなムカツクくらいのいい男には、何故か彼女がいなかった。

 何で? と敬太君に聞いたら、歳君はなんと、実は女嫌いなのだそうだ。
 その理由を思い出したのか、敬太君はその後、彼のイメージにそぐわず大笑いをしていた。



■  sister riot!!




 歳君はのんびりーとソファーに寝転んで、漫画雑誌を読んでいた。おかげでぼくの座るところがなかった。
 仕方がないのでカーペットに座って、ソファーを背もたれ代わりにした。そして、テレビのチャンネルをもって、何かおもしろい番組がやってないかと回していく。
 ぼくは不意に、歳君を見た。歳君、こんなところを敬太君に見られたら、雑誌は即刻燃やされて、敬太君の部屋に連行されるだろう。そんでもって、地獄のお勉強会が始まる。
 うわ、思い出しただけで寒気がした。
 ちなみに歳君が読んでいるのは、巻頭にグラビアなんか載っているものだった。ちょうど歳君は、そこを眺めていた。
 ……あれ?
「歳君って、女の子嫌いじゃなかったっけ」
「あ?」
 存在に今気付いたのか、呆けた声が降ってきた。ぼくに視線を当てたあと、再びグラビアに戻して、そしてうなだれた。
「……動いてないからいいよね、グラビア。しゃべらないからいいよね、グラビア」
「……へ?」
 なんだか一気に暗くなった。手も雑誌もだらりと垂らしている。なんだか馬シッポも元気がない。

 更に追い討ちをかけるかのごとく、歳君の上から声が降ってきた。
「あれれートシー? 予習終わったの? 早いねー」
「う、うわ!! 敬太君!!」
 け、気配を消していたみたいで、まったくわからなかった。しかもなんだろう。いきなり気温が寒くなっている。
 予習、という言葉を聞いて、歳君がピクリと痙攣した。
「い、言っておくけど、ぼくは終わったよ!!」
「うん、それは終君から聞いているから大丈夫」
 しゅ、終君?!
 ぼくは、夕飯の後片付けをしているであろう終君がいる、台所を睨んだ。
 このヤロ、自分の身可愛さに、帝王に情報を売ったな!! 今回はちゃんとやってて良かったが……。
「で、歳。予習は?」
 嗚呼、この人、歳君がやってないことを知っていて聞いている。笑ってるけど、目が、目が笑っていない!!
 歳君は汗だくになりながら、必死に体の振るえを抑えようとしていた。しかし、失敗した。
「え、えと、あと」
 どんな気の利いた言い訳も、帝王――もとい敬太君には通用しなかった。散々試して、結局はずるずると敬太君の自室に連れ込まれて、お説教をくらうのがオチだった。
 いくらやっても無駄だと思うのにそれでも実行してしまうのは、嗚呼、人間の儚い自己防衛反応か。
 雨に濡れた子犬のように震えている歳君を、敬太君は口の端が上がっているだけの表情で、黙って見つめていた。
 しかし敬太君は、不意にその顔に本物の笑みを浮かべた。
「まぁいいや。今日は僕、特別に機嫌がいいからね。ちゃんと後でやるんだよ」
 その言葉と共に、歳君は肩を落とした。すっかり安心したのか、緩んだ顔から笑い声が漏れている。
 しかし。
「ということで、はい」
 敬太君は実に優しい笑みで、後ろから小包を出した。四角くて厚みがあって、重みもある。黄土色の包装紙にくるまれ、四角の真ん中に宛て先の紙が張られている――言ってしまえば、普通の郵便物だ。

 だが、それを受け取った歳君は、宛て先の下に書いてある送り主の名前を見た途端、一気に血の気がうせた。
「わ、歳君大丈夫?!」
 ぼくの声を無視して、歳君は小包を空中に放り投げた。
 何が入っているかわからないのに、なんて粗末な扱いを……と思った瞬間。
チェストオォォォオ―――――――――――!!!!
ズワアァア!!!!
 小包を、刀で切りつけたのだ!
 問答無用の溜めナシで放たれた斬撃は、確実に小包に直撃していた。
 しかし、小包は全く両断されていなかった。甲高い金属音が響く。
 それどころか、淡く光りながら浮かんでいるではないか!
「あのアマ、ご丁寧に障壁まで張って寄越しやがった――――――――――〜〜〜〜〜!!!!」
 頭を抱え込んで叫んだ歳君の目は、ほんのり潤んでいた。
 追い討ちをかけるように、敬太君は笑った。
「あらららら、これはこれは随分強いものに阻まれているね。残念だけど僕の炎でも破れそうにないなぁ、あっはっはっは」
「テメ敬太!! お前、姉ちゃんからの郵便だって最初からわかってただろ! じゃなきゃそんなに楽しくしてるはずねぇ―――――――――!!!!」
「えぇ?! そんなことないよトシ!! ほら僕の目を見て! さぁ! 嘘をついている目に見える?!」

「…………」
 敬太君と歳君が痴話喧嘩を始めた時、ちょうど台所から終君が出てきた。眉間にしわを寄せて、ケンカをしている二人を見ている。
「あ、終君! 洗い物お疲れ様!」
「…………」
「あ、あの二人? なんか歳君の……お姉ちゃん? から小包が届いてね、なんかそれをめぐって一波乱おきてるんだよ」
「…………」
「うん、訳わからないよね。あの小包、何が入ってるんだろうね! しかも浮いてるし。霊術が施されているみたいだけど」
「…………」
「そうだね、開けてみよっか。あの二人まだ長引きそうだし、何より中味気になるしね!」

 ぼくは淡く光って、ちょうど頭の位置くらいに浮いている小包を手にした。その途端、淡い光も浮力もきえさった。
 ずっしりとした重みが腕に負担をかけた。片手では持てないほどの重さだ。
 それをテーブルの上に持っていき、丁寧に包装紙を剥いていった。あとで何か言われた時に、きれいに元に戻せるようにってね。
 何枚もの包装紙に絡まれて出てきたのは、漫画雑誌だった。
「……歳君の一族は漫画が好きなのかなぁ」
 雑誌には、男子のツーショットが描かれていた。全体的に淡い色使いの感じで、文字のロゴも丸みを帯びている。
 しかし、今まで歳君の部屋にお邪魔した時や、彼が読んでいたりしていたのを見たりした時には、こんな感じの表紙やロゴの漫画は見なかったはずだ。
 試しに中を覗いてみた。巻頭は人気作家さんが描いたものらしい。最初の数枚がカラーのページで、そこにでかでかと剣を携えた長髪の男子が描かれていた。主人公のようだ。満月の夜、舞うように剣を捌き、飛躍する黒い敵を切り裂いていく。
 その後は、ぱらぱらーっとページをめくっていった。
「って、あああああああ!!!! 勇夜何勝手に開いてるんだよ!!」
「あ、ごめん! つい……」
「いいからそれを即座にもど……うお?!」
 漫画を取り返そうとした歳君だったが、敬太君に羽交い絞めにあった。身動きがとれず、ばたばたしている。敬太君は、実に優しく、面白そうな笑みで、歳君を取り押さえていた。
「巻頭見た? それね、トシのお姉さんが描いた漫画なんだよ」
「え?! これ?! 歳君のお姉さんって漫画家さんなんだ!」
 しかも人気作家。ぼくはページを戻して再確認した。歳君のお姉さん、すごい!!

 ん、そういえば……。ぼくはカラーページに描いてある長髪の男子をよく観察した。
「これ、どことなく歳君に似ているような……ああ! 馬シッポしてるー!!」
 ちゃんと読んでみると、歳君似の主人公は、戦いが終わると髪を高い位置に結っていた。しかも、仲間と思われる人に呼ばれた名は、『サイ』だ!
「すご――――い!! 歳君が漫画に出てる!!」
 ぼくは歓喜の声をあげた。敬太君はそれに満足そうな顔をしていたが、歳君は今にも泣きそうな顔になっていた。

 にしても、なんで歳君はあんなに嫌がってるんだろう。漫画に載るのが嫌なのかな。ぼくは改めて漫画の表紙を見て、さらにそれを開く。
 カラーページの最初は漫画だが、あとはその漫画の特集だった。続きの本編は、カラーページの後かららしい。残りのカラーページに、その歳君が主人公の漫画のあらすじがざっと書いてあった。
「えーと、なになにー?
『【前回のあらずじ】王宮騎士団の特殊部隊・通称『END』所属のサイは、相棒のノースと共に着実と任務をこなしていった。しかしノースの正体は、倒すべき敵である『AK』の頭領であった! ノースの巧妙な罠に落ちてしまったサイは、仲間の命と引き換えに、その身をアヤカシにゆだねることに。愛していたノースの目の前で、サイは……』ん、ノースって女の子だったの? そうは見えないけど……えーと、サイはー」
うわあぁぁぁぁぁあああ!!!!
「?!」
 突然、後ろでぼくが言うあらすじを聞いていた終君が、叫びながら漫画を取り上げた。勢いよく取り上げすぎて、そのまま壁にぶつかる。
 背中をぶつけたらしく、終君は咳き込んでいた。
 そして、何故か顔を真っ赤にさせて叫んだ。
「北海!! これは駄目だ! 即刻処分!」
「おやー。反応がいいのは終君だけかー」
「ふざけんな敬太!! ああああ俺の貞操が知らない間に穢されてく―――――!!!!」
 状況が良くわからないが。
 その漫画は、なんか悪いもので、それで歳君は主人公にされたものだから今にも泣きそうな顔をして、終君は顔を真っ赤にして怒ってて、敬太君はその二人の反応を見て楽しんでいると。

 でも、やっぱり良くわからない。
「ええー?! なんなのそれー?! わかるよーに教えてよー」
「わぁ!! バカ勇夜! んなこと聞くんゴフアァ!
 歳君が何かを言おうとしたが、敬太君に腹を蹴られ、悶絶していた。
 そして敬太君は、万遍ない笑みで言う。
「勇夜君、キミ、トシがどうして女嫌いか聞きたがってたよね」
「え? うん」
 前聞いたときは、大爆笑して話にならなかった。
 それが聞けるのかと思い、少し気分が高揚する。
「実はね、その漫画の原作者……つまり、トシのお姉さんが原因なんだよ」
「お姉さんって、この、漫画家の?」
 敬太君の言葉を妨害しようと歳君は暴れたが、締めをきつくされてあっさり陥落していた。
 そして敬太君は、極上の笑みで言い放った。

「トシのお姉さんね、BL漫画の人気作家なんだ」

 その瞬間、歳君が死んだ。
 否、死んだようにぐったりとなった。
 そして、何故か終君も崩れるように座り込んだ。

「トシの家って当主がお母さんでさ、そのせいで女性のほうが権力あるんだよね。その上トシは末っ子だから、よくお姉さんに可愛がるという名のいじめを喰らってたらしいんだよ。これはトシ談なんだけど。
でも、本当にトシは可愛がられていたんだよ。ちょっとその愛情が偏ってただけで!
でも、なんかそれがトラウマになって、女性という女性がダメになっちゃったんだよねー。
優しいお姉さんなのに……こうやって弟を漫画の題材にして、それが載った雑誌を毎月送ってくるんだから」
 敬太君は笑いを堪えながら話していたが、ぼくは笑えなかった。
 なぜなら……。

「びーえるって……なに?」

 その瞬間、歳君が少しだけ救われたような笑みを浮かべ。敬太君は、少し笑みを凍らせたように思えた。
 しかし、すぐにその笑みは解凍される。
「……あ、知らない? あのね、BLっていうのは」
うわああああぁぁぁぁぁあぁぁぁああああああああ?!
 敬太君が説明しようとした途端、歳君が復活して叫んだ。そして、目にいっぱいの涙を溜めて、さらに叫んだ。
「やめろやめろやめろ!! これ以上あの腐れた女の餌食にするなぁぁぁああ!!!!」
「そうだ北海!! 青少年保護育成条例!!
「んー仕方ないなー。教えないほうがそれはそれで面白そうかな」
「え、ええ?! 何なに、え?」

 歳君と終君の必死の抗議で、説明はあっさりなくなってしまったのだが……。
 結局、びーえるがなんのかは、未だにわかっていない。



目次

inserted by FC2 system