■  泣き虫と姫 〜ぼくの友達は覇王です〜


 天狗事件も終わり、ぼくも終君も病院を退院して寮に戻ってから、数日経ったころである。
 歳君は、終君が不登校になる前から彼を嫌ってきた。終君は別に歳君を嫌っていないのだが、会話も全くなく、仲がまったく良くならない。真戦組リーダーとして、組員の不仲は由々しき問題である。
 どうにかならないかと思っていた頃の話である。



 ぼくは食後、ふと思い出した。
「そういえば歳君も敬太君も終君も、小等部まで仲良しだったんだよね」
「うん、そうだよ」
 敬太君が食後の紅茶を飲みながら微笑んだ。それに歳君は、漫画雑誌からしかめ面を上げた。何故か終君までもが嫌そうな顔をした。
「おい、そんなことなんて話したのかよ!!」
「ちょっとだけだよ。僕達三人は、実は仲良かったですよ。それだけ」
「うんうん。でもね、ぼく色々聞きたいんだ! ぼくあんまり友好関係なくて、小学校楽しめてなかったから」
 それを聞いた敬太君、歳君、終君が、いっせいに押し黙った。そして何故かみんな、湿っぽい顔をして……
 まず、歳君が抱きついてきた。
「うわぁぁぁん! ごめんな勇夜!! 辛い過去を思い出させちまったな!! ごめんなごめんな!!」
「え?! いきなり何?!」
 次に終君が、どこからかお手製のプリンをぼくに差し出した。そして敬太君は、ハンカチで目頭を押さえる。
「僕達学園長に聞いたんだ、君の事。そしたら波乱万丈な幼少時代が聞けてしまって……」
「は、話しちゃったの?!」
 ぼくの幼少時代、と言ったら、ぼくが無視されいじめられた過去だろうか。霊能力だとあっさり巳武の人達が言った、その異端の力のせいで。
「ていうか、お父さん何勝手に話してるんだよ……」
「勇夜の口から言わせるのは辛いだろうからって言ってたぞ!」
「だからって承諾も無しに! まぁいいけど……」
 まさかここまで同情してくれるとは思っていなかった。正直、ぼくは話すのを躊躇っていたんだ。人の暗い話を聞いても、こっちがただ単に重い空気を背負うハメになるし、ぼくの話しの場合、本当にシャレになんないから。もはや、ぼくが幽霊みたいな扱いで。そこにいることがわかっていないような、わかっていても、その存在に恐怖しているような。

「そうだよな、人間っていうのは少しでも不可解なことがあるとねちっこく恨むからな!
いいよなんでも聞かせてやるよ、さぁどこから話そう?!」
「そうだなぁ」
 敬太君がとても楽しそうに口を開いた。

「そういえばトシって、その頃『歳姫』ってあだ名だったよね」

 空気が凍りついた。
「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁあああ!!!!!
 固まっていた歳君は、急に飛び上がり、床に倒れ、そのままごろごろと頭を抱えながら転がり始めた。
 汗腺なんて汗が流れすぎてとっくにイかれてしまい、代わりに毛穴という毛穴から汗が噴き出しており、目を見開いて叫ぶその様は、薬が切れて禁断症状を起こした薬物中毒者のようだった……。
「さ、歳君歳君!! しっかりして、さーいくぅぅぅん!!」
「あははは無駄だよ、トシにとっては最大のトラウマだもん」
 足を組みなおしてサラリとんでもないことを言った彼に、ぼくは無謀にも盾を突いた。
「な、なんでそんなことを!! 酷いよ敬太君!」
「面白いから」
 言 い 切 り や が っ た ……!!
「トシのお母さんって少女趣味でね、何故かトシを標的にしていたんだよ。いやぁ、まさか学園にピ●ク●ウス系のフリフリドレスを着てくるとは思わなかったなぁ」
「うぎゃぁぁぁぁぁああ?!」
 歳君が悲鳴を上げて、それ以降動かなくなった。ぴくぴくと痙攣しているので、生きていることは確かだ……精神が崩壊していないという保証はないが。
 敬太君は微笑みを崩さないまま、また口を開いた。

「そういえば終君の方は、『泣き虫終ちゃん』って呼ばれてたよね」

 空気が再び凍りついた。
「あ、アアアァァァ――――――ッツ!!!!!
「うわぁ――――――――!! 終く―――――ん!!!」
 終君も歳君同様に、まるで薬切れの薬物中毒者のような鬼気とした表情でのた打ち回った。
「これも終君のトラウマ?!」
「だねー」
 床に転がり、そして最後は痙攣する以外動かなくなる青年二人を見て、そうした張本人はただ笑っていた。
「け、敬太君!!」
 僕がとがめるように叫ぶと、彼は首をかしげて
「だって、楽しいじゃないか」
 と言った。
 悪魔だ……悪魔がここにいる……!!
 敬太君はそのまま、笑いながら去っていった。

「さ、さいとっ……」
 みくみくと痙攣した手で、歳君は同じく痙攣している終君のほうへと這いずっていた。
「な、ん」
 「だ」まで言えず、終君は事切れそうになる。ぼくは●怨さながらの光景に、ただ怯えていた。窓ガラスとかにパンツいっちょの少年が映っていたらアウトだ。
「まさか……お前まで敬太の手にかかるとは……
お前は今日から仲間だっ! 共に敬太、いや、覇王を倒そ……うッツ!!
「うわああぁぁぁあ歳君、歳君―――――――――!!」
 打倒・覇王の契りである握手をし、二人はぐったりとして気絶した。
 というかこの二人、こんなにぶっ壊れるほどのトラウマの内容が気になったりもしたが、この有様を見て思いとどまった。きっとこれは決して触れてはならない。触れれば自滅する。きっと敬太君だから開けることの出来た、禁忌の扉……!!
 ぼくはただ何も出来ず、混乱してわけのわからないことを思い浮かべつつ、覇王の手にかかった者達を見つめ恐怖に震えていた。



 思えば、この時から歳君と終君の仲が改善された。歳君は未だ終君の姿をいきなり見るとしかめ面をするが、徐々に会話も出て来ている。打倒・覇王同盟の効果だろう。

 もしかして、敬太君はこれを見越してあんなことをしたのだろうか。
 それとも、本当にただ楽しいから?
 笑顔が絶えない眼鏡の奥底に宿る真意を、趣味・人間観察、特技・人間観察のぼくすら見抜けない。

 とにかく、北海敬太が覇王だということは間違いないと思った、そんな頃の話である。


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