ゲンデレ 【名】 「ツンデレ」の派生語。「厳格デレデレ」の略称。

 ※ あくまで著者の認識です。



ゲンデレに恋して




 古い木造の家屋に不釣り合いな、取り付け型の真新しいチャイムを鳴らす。
 するとすぐさま「はいはーい!」と元気な声と走る足音が聞こえ、音を立てて戸が開いた。
「苑恵先輩いらっしゃーい!」
 出てきたのは、底抜けに明るい笑顔をした、ツンツン頭の青年。
「うむ、来たぞ、新一」
 苑恵は、それにいつもの無表情で答えた。


 小倉家呪殺未遂の事件から数日。家が全焼した小倉家は、巳武学園長の手配により、この日本家屋を提供された。築は古いが、広いし造りもしっかりしているので、彼らはそれに甘んじることにした。

 苑恵は昔から彼らと交流があるため、学園長から事件の後始末を任されていた。

「あ、苑恵さん、こんにちはー!」
 誰かが来たのを察して顔を出したのは、新一の妹の志信である。
「志信か。こんにちは。あれから何か、不便なことはないか?」
「特に。難を言えば、虫がちょっと……。まあ、前の家も、ヤツが出てたので大して変わらないかもしれませんけど」
「そればっかりは仕方ないな。あとで庭に撒く用の殺虫剤を持ってこよう。それを家の周りに撒けば、外から虫は入ってこない」
「わあ、ありがとうございます、苑恵さん!」

 虫の話で盛り上がる女子二人に、苦笑交じりに新一が割って入った。
「盛り上がってるところ悪いけど、志信、オレ先輩に用があるから」
「はいはい、ごゆっくりー。あとでお茶持ってくね」
「あいよ」

 そして、苑恵は新一の部屋に通される。
 そこで一息ついてから、苑恵は言った。
「どうやら、後遺症はないようだな。よかった」
「よかったー。何かあったら先輩でも許しませんよー、オレ」
「霊術を施したのは私ではなく、私の家の者だ」

 「知らない人」である新一の家族は、例の事件を通して、巳武町の秘密を色々と目撃してしまった。「後始末」とは、住居のことも含め、その事件の記憶を操作して消すことであった。

 今日来たのは、その後遺症が出ていないか確認する為でもあったのだが……。
「で、新一、私に何の用だ」
 それは、後付に過ぎない。
 本当は今日、新一に呼び出されたのだ。

「……実は……」
 新一はそれに真剣な顔になり、苑恵をじっと見つめた。
「……う……」
 それに、苑恵の心臓が少し跳ねる。

 見た目は確かに十人並みだが、そんな顔でそんなことをされれば、何かと意識をしてしま――……

「先輩に、霊術を教えて欲しいんです!」
「……は?」

 苑恵は、心の中で物凄くがっかりしている自分を感じ取っていた。
 それを確認して、苑恵は己に腹が立った。――なんで、こいつを意識する必要がある? そもそも、私は何を期待していたんだ?!

「……なんで私がわざわざお前に。私とて暇じゃないんだ。名家の仕事もある。戦士達に頼め。それとも、後輩に物を教わるのが嫌なのか」
「い、いや、違いますよっ!」
 苑恵が不機嫌になっていることだけは感じ取った新一は、慌てて説明した。

「そういう上下意識みたいなのは、ないんですよ。むしろ、仲良くするには、積極的に接したほうがいいし。
でも、戦士の数は少ない。オレにかまっている暇があったら、アヤカシやっつけていたほうがいいでしょ? だから、オレはオレでがんばろうと思ったんですけど……やっぱ、元々『知らない人』であるオレが、独学でなんとかできるもんじゃなくて。だから、先輩に頼んでるんです」

 と、今度は、頭を下げた。
「お願いします先輩! 頼れるのは先輩だけなんです!」
 更に、手を合わせて拝まれる。
「…………」
 しばらく、沈黙が流れる。

――頼れるのは、自分だけ。

 苑恵は、わざとらしいため息をついた。
「仕方がない。付き合ってやろう」
 それに、新一は勢い良く、満面の笑みを湛えた顔を上げた。
「わー! やっぱり苑恵先輩は優しいなぁ!」
「っ?! なっ……!!」
 純粋に喜ぶ新一をよそに、苑恵は慌てた。
 いつも無表情で、他人からは冷徹で近寄りがたいと思われている自分である。それに村崎家は「巳武の氷」と呼ばれる名家だ。その後々の当主となる自分が、優しいなどと言われてはいけない。
 ましてや、喜んだり照れたりしてはいけない!

 苑恵は拳を握ってテーブルにたたきつけた。
「い、いいか新一! 私はあくまでお前のためではなく、他の戦士達のためを思って承諾したんだ! 勘違いするなよ?!」
「はいはいー」
 へらへらと笑う新一に、苑恵は行き場のない怒りを覚えた。

 それは、自分への憤りなのだけど。



**********



 場所を変えて、学園寮。その食堂で、新一はうなりをあげていた。傍らには、静かな顔でそれを見守る苑恵がいる。ついでに、例の四人組も。

 新一の家では霊術の稽古はできないし、かといって、苑恵は自分の家に新一を呼ぶことはできなかった。家の者は、いつも出払っている。つまり、二人きりになってしまうということだ。
 そんなことなど。
無理だ!!
「ふええ?! 何がですか先輩!!」
 いきなり苑恵が叫んだので、その場にいたものは全員驚いた。苑恵は、慌てて言葉を補った。
「っ!! あ、そ、そんな唸ってもできぬということだ!! もっと冷静な心を持つことが大切なのだ!」
 それに、新一が泣きそうな顔で弱音を吐く。
「そんな先輩〜。そんな抽象的なこと言われても〜」
「ええい、軟弱者め!! そんなことでは、いつまで経ってもアヤカシ退治などできんぞ!!」
 苑恵は言い出した勢いで、そのまま捲くし立てた。新一は肩をがっくりと落とし、うなだれる。

「そういえば」
 ふと、そんな苑恵達の様子を見ていた遠藤勇夜が、言った。
「村崎先輩は、二年生なんですよね?」
 突然の質問は、苑恵を救った。これで、さっきのことは流せる。
 苑恵は普段の冷静な顔に戻り、言った。
「ああ、そうだが。何故そんなことを聞く?」
「ほら、新一先輩は村崎先輩のことを『先輩』って呼ぶもんですから。それに、新聞局でも、仕切ってる感じだし。三年生なのか二年生なのか混乱して」
 勇夜の言葉に、苑恵はふと考えた。

 いままで、それに疑問をもったことがなかった。おそらく、日常的に、年上の者に使う敬称で呼ばれているせいだろう。……しかも、かなり苑恵よりも年が上の男達に。
 それに、新一が答える。
「だって、苑恵先輩って、同い年に思えないくらい大人びてるっていうか。とにかく、気軽に呼び捨てなんてできない雰囲気なんですよ」
「なっ……」

 苑恵は、それに無性に腹が立った。
「なんだそれは! まるで私が、お前より年を取っているみたいではないか!」
 気軽に呼び捨て……「苑恵」と呼ぶことが、できないなんて。
 苑恵は己の感情のままに叫んだ。
「ふざけるな! 私はれっきとした高校二年生だ! しかも新一、私は誕生日的にはお前よりも若干だが年下だ!」
「せ、せんぱ……」
「ええい、まだ言うか! 思い切って呼んでみれば良いではないか、『苑恵』と、はっきり!!」

 沈黙が流れた。

 新一は驚いて苑恵をじっと見つめている。ついでに、例の四人組も。
 苑恵は火照る頬を感じつつ、新一の言葉を待った。新一も、苑恵が名を呼ぶのを待っているとわかって、言おうか迷っているようである。

 そして、沈黙を破る決心がついたようだ。
「じゃ、じゃあ……、っ」
 新一の喉が、緊張で鳴る。
「そ、そのっ……」

 注目の的が、新一に取って代わる。
「そー……」
 やはりまだ覚悟できていないのか、それとも苑恵の射殺すような強い視線におののいているのか、言葉がでない。

 しかし、決心がついたのか、新一は顔つきを変えて、苑恵に向き合った。
 それに、苑恵の心臓が再び跳ねた。血流が速くなり、頬が更に熱を帯びていく。

 そして。
「そのええい!!
ええええええ?!

 耐え切れず、苑恵は叫び、テーブルを力強く叩いた。
 そしてそれに、その場の全員も驚愕する。

 皆の視線と言いたい事を察したが、苑恵はそれらを無視していった。
「当初の目的から脱線してしまったではないか! もう呼び名などどうでもいいわ! さっさと練習に戻れ!!」
「う、え、あ、はい……」
 新一は再び肩をがっくりと落とし、うなだれた。

 そして苑恵は、憤りを通り越して、自己嫌悪に陥った。



**********



 あたりはうっすらと暗くなっており、肌に触れる空気が少し肌寒い。
 とりあえず今日の霊術の練習を終えた苑恵と新一は、帰路についた。
 結局あのあとも、うまくいかない新一を苑恵が叱責するという光景しか繰り返されなかった。

 苑恵はそれに、落胆を感じていた。新一の霊術が上達しないからではない。
 せっかく二人っきり(例の四人は気を利かせたのか散った)だったのに、叱責しかできなかった。
――もっとこう、頑張れとか優しい言葉がでないものか。
 新一は苑恵に「優しい」と言ったが、やはり、自分は怒鳴ることしかできない無慈悲な奴だと、うつむく。

「先輩」
 先を歩いていた新一が振り返った。苑恵は力なく顔を持ち上げ、新一を見る。
 苑恵に対して、新一は晴れやかな笑みを浮かべていた。
「今日はありがとうございました! なんとなーく掴めてきたんで、あとは練習あるのみですね!」
「……そうだな」
 そこで、会話が途切れる。沈黙が流れて、新一の笑顔にも、少し戸惑いが見える。

 二人で、夜に近づく風と空の中を歩いてく。
 しかし。
「苑恵、先輩。また、霊術の指導、頼んでもいいですかね?」
「え?」
 新一は、答えを持つように立ち止って、じっと苑恵の顔を見た。
 苑恵が答えに困った。今日の内容から見て、自分には霊術の指導などできないと思ったからだ。
 新一は苑恵が返事を迷っているのを見透かしてか、さらに言った。
「ほら、やっぱり教えてくれる人はいたほうがいいでしょ? 今度の夏休み中とか、暇な時でいいんで」

「でも、私は――」
 やっと出た声は、聞こえるかどうかわからない、消えるような小さい声だった。
「私は、お前を怒ることしかできないぞ。教え方が乱暴なんだ。私は優しくない」
 思えば学校で顔を合わせても、部活の事や色んな所で怒鳴ってばかりだ。そもそも自分は最近、怒るという感情以外を露わにしたことがあったか。たとえば笑うとか――これは最近なんて程度ではない、ここ数年だ。
 そのような思考が頭を巡り、苑恵は視線を地に落とした。

 新一は苑恵のそんな様子に苦笑しながらも、言葉を続ける。
「そんなことないですよ。ほら、今日だって、俺みたいなで出来の悪い奴、見捨てないでくれたじゃないですか」
「それは、お前に頼まれたしことだし、そもそも、お前のためだし……」
「うん、やっぱり、苑恵先輩は優しいんですよ。表面に出てないだけだけど、とっても」

「――――っ」
 心臓が跳ねる。下がっていた顔を、弾けるように上げる。
 そこにあったのは、困ったような、はにかむような、笑顔。
 正面からそれを受けとめ、苑恵は血流が速くなるのを感じた。
 頬を撫でる風が、心地よく感じる。あたりが暗くなっていることを、苑恵は感謝した。

「で?」
 ふと、新一がおどけるように言った。
 あたりの雰囲気が一気に和らぐ。
「指導の方、どうです? やってくれますか?」
 苑恵は、それに、ふっと体から力が抜けるのがわかった。
「仕方ない。お前のような出来の悪い生徒は、私くらい根気強くなければ指導できないからな。……いいよ」

「あ」
「ん?」
 途端、新一の目が見開かれ、口がぽっかりと開く。
「どうした?」
「せっ、先輩、笑った」
「え?」
――笑った? 誰が? ……私が?! さっき、数年笑っていないと確認したばかりなのに?!

 驚愕が顔に出ていたのか、苑恵の顔を見て、新一は驚きから徐々にいたずらっぽい笑みに変わる。
「うわーっ、珍しいものを見た! 志信に報告しなきゃ!!」
 と、笑いながら急に走り出す。
 苑恵はそれを慌てて追った。
「な、待て新一! そのようなことべらべらと言うなど……待てというにっ……馬鹿ああああ!!

 その後、涙目の苑恵も見ることができ、驚喜した新一だったが、苑恵に全力で殴られ、あっけなく大人しくさせられた。
 しかし、頬を赤く染め上げていてもニコニコしている新一を見て、苑恵は今度の霊術指導は更に厳しくしてやろうと決心したのであった。



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