■ 儚き花弁はその一瞬のために舞う


 巳武町にも、桜の名所がある。それは、天方家の寺へ続く道にある、桜の並木通りだ。
 シーズンになると、夜にはたくさんの人でごった返す。
 それ故に、ゴミ問題とかあるわけで。
 俺達は、その後処理の手伝いをすることになった。

 天方と北海は、溜まったゴミ袋を捨てに一旦この場を離れていた。それで、俺と勇夜は引き続きゴミ拾いをしていたわけなのだが……。
 勇夜が、ついにばててしまった。

 ということで、俺達は一旦休憩することにした。桜の木の下に座り、ぼーっと舞い散る桜を眺める。
 ひらひらと舞う、白と桃色の花びら。

 不意に、勇夜が手を伸ばした。そして空を握り締め、悔しそうに顔を歪めた。そして空中を握り締めること数回。ついに立ち上がり、腕を振り回しながら何かをし始めた。
「……なにやってるんだ」
 まるで怪しい踊りでも踊っている感じになってきたので、たまらず声をかけた。人でも来たらどうする。
「学校で聞いたんだけどね、舞ってる桜の花びらを空中で三枚取ると、願い事が叶うんだって! でもなかなかうまくいかないなー。少しの風でもひらひら〜って飛んでいっちゃうからさー」
 お前はどこの乙女だ。……それくらいの体力があるのなら、ゴミ拾いしろよ……。
 そんな視線に気付かず、勇夜は手を伸ばして桜を掴もうとしている。
 が。
「む、ムリ! なんで?! ぼく、桜に嫌われてるのかなー」
 ゴミ拾いしてないからな。

 しかし、そんなに難しいものなのだろうかと、ひとつ掴んでみた。
 取れた。
 順調に、三枚。
 それを勇夜に見せたら、実に落胆したような顔になった。
「ぼく、そんなにどんくさい? うぅ〜ショックだー」
 もとの位置に座った勇夜は、再びぼーっと空を眺めていた。

 そして、思い出したように聞いてきた。
「そういえば、終君は何お願いするの?」
「お願い?」
「うん! 言ったでしょ、三枚取れたら願いが叶うって!」
 何かを期待するような目で、こちらを見られる。
 正直、何も考えないで取ったものだから、そんなに見られても困るのだが。

 しばらく考えて、思いつく。
「じゃあ、勇夜のお願いが叶いますように」
「……へ? それでいいの?」
「(コクン)」
 勇夜は少しきょとんとしていたが、すぐに明るい笑顔になった。
「へへ、ありがとう! でも終君、欲ないねー」
「欲は……あるにはあるが……」
「え? 何々?!」
「卵を」
「わかった。言わなくていい」
 酷い。


「おいコラ! てめぇら何サボってんだよ!」
 天方達が、遠くから走ってきた。いや、走っているのは天方だけだが。
 あとからのんびりと、北海が袋をぶら下げてやってきた。
「まぁまぁ。僕達も休もうと思って色々買ってきたよ。のんびり、プチお花見としようか」
 がさり、と持ち上げたナイロン袋には、飲み物やら菓子やらが沢山入っていた。
 歓喜の声を上げ、勇夜が飛びつく。北海は笑顔のまま、勇夜から買ってきたものを素早く守る。

 欲なら、卵以外にもある。
 でも、それを口にしないのは、多分、勇夜も同じ事を考えているから。

 お茶を飲んで菓子をぱくつきながら、桜を眺めるひと時。
 絶えない談笑。もう、一人ではない。

 この時間が、この温かさが、続きますように。


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